大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和29年(オ)34号 判決

上告人(被告・控訴人) 山田町農業委員会・高知県知事

被上告人(原告、被控訴人) 小川盛芳

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告理由第一点について。

論旨は昭和二七年一月二五日の第二小法廷の判決を引用して、本件売渡の当否は昭和二三年二月一二日公布政令三六号による改正の自作農創設特別措置法施行令によるべきであるにかかわらず原判決が同年一〇月五日政令三一五号による改正後の政令を適用して判断したのは違法であるというのである。しかし論旨は明白に当裁判所の先例を誤解している。右判決(判例集六巻一号民二三頁)の趣旨は自創法附則二項によつて定められた買収計画の当否はその後の同法の改正にかかわらず右附則二項によつて判断しなければならないというのであつて行政処分の当否判断についてのいわゆる処分時説を明かにしたものである。

本訴は買収計画の取消を求める訴ではなく売渡計画売渡処分の取消を求める訴であるから右の判決の趣旨に従うても、その当否は計画樹立又は売渡処分当時の法令によつて判断すべく買収計画当時の法令によつて判断すべきものでないこと極めて明白である。

本件売渡計画は昭和二五年に定められたのであるから原審が二三年一〇月政令第三一五号による改正後の政令によつて当否を判断したのは当然である。論旨は理由がない。

同第二点について

施行令一八条は一七条による売渡の相手方がない場合、又は一七条による売渡の相手方たるべき者が買受け申込をしない場合の規定であることは一八条の文理上明白である。換言すれば一八条の趣旨は当該農地について遡及基準日にも現在にも耕作者がなくまたはこれらの者で買受を希望する者がない場合に適当に売渡の相手方を選択する趣旨の規定である。本件の場合は基準日現在の耕作者は被上告人であり買収時現在の賃借権者は訴外北村である。しかし北村は現実には耕作せず買受申込もしないのであるから一七条による売渡の相手方は被上告人だけである。訴外大坪は買収時期に耕作はしているけれども賃借権を有する者ではない。従つて同人は令一七条による売渡の相手方とはなり得ないので原判示は当然であつて論旨は理由がない。

同第三点について

原判決も本件買収が遡及買収でない事実は認めているのであつてただ諸般の事実から遡及買収をできる農地であることを判示したのに過ぎないから本件買収について遡及買収としての効果を認めたのではない。

論旨は昭和二四年(オ)三二五号事件の判決(二六、一、三〇第三小法廷判決、集五巻一号一二頁)を引用するけれども右の判決はいやいや返還したというだけで直ちに解約が正当でないと言えないとし原審の審理不尽を理由に破棄したものであるが本件の場合は諸般の事実に徴して解約が適法かつ正当でなかつた旨を判示しており、右先例に反しないのみならず、本件の場合は前述のように遡及買収ではなく原判決はただ訴外大坪が売渡の相手方となるべき者でない趣旨を説明しているに過ぎないから論旨は採用すべきでない。

同第四点について

論旨は原判決が仮りに令一八条二号によつて売渡すにしても大坪を売渡の相手方と定めることは才量を誤つている旨を判示したことを非難する。しかし原判決の確定する事実によれば訴外大坪が売渡の相手方として適当でないことは十分に認められるのであつて、論旨は理由がない。

よつて民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致で主文のとおり判決する。

(裁判官 島保 河村又介 小林俊三 本村善太郎)

上告指定代理人二宮周三の上告理由

第一点 原判決は法令の解釈適用について重大なる誤りがあるものとす。即ち原判決は「該買収は所謂現在買収であつたと云うべきであり………本件農地の買収はその時期を昭和二十三年七月二日とする所謂現在買収でありそれに当事者間に争のない該農地が在村地主の保有超過の小作地として買収された事実を併せると、自創法第三条第一項第二号の規定による買収であることが明らかであるからその売渡の相手方は先づ同法施行令第十七条第一項第一号により定まるべきである」と判示している。この事実の認定と法令の適用についての解釈は正当であること論を俟たない。併しながらその適用せられるべき売渡の相手方を定めるべき右施行令は右買収の時期に存在した法規であらねばならないことは御庁昭和二五年(オ)第二二〇号(昭和二七年一月二十五日第二小法廷言渡)事件の判例によるも明らかである。従つて本件買収農地の売渡の相手方を定める施行令は昭和二三年二月十二日公布政令第三十六号によらねばならない所原判決は「前記買収の時期において所謂本件農地に就き耕作の業務を営む小作農は訴外北村であると倣すを妥当とすると云うべきであるところが前認定のように昭和二十年十一月二十三日現在において、本件農地に就き耕作の業務を営んでいた小作農は被控訴人であつたから右両時期において小作農が異なるので売渡の相手方を定めるについては右法条但書に依らなければならないのである………中略………同訴外人が買受の申込みをしていたことの窺はれるものがないから売渡の相手方は当然他の一方の時期において当該農地に就き耕作の業務を営んでいた小作農にしてかつ買受申込みをしていた被控訴人………とすべき筋合である、……本件農地売渡の相手方を当然被控訴人とすべきであるに拘らず………訴外大坪に対し売渡するものと定めた違法があり………被控訴人知事のした売渡の処分も亦違法と云うべきである」と判示しているけれ共判示施行令第十七条第一項第一号が判示の如く改正せられたるは昭和二三年十月五日政令第三百十五号による制定(同日施行)であつて、判示本件農地の買収の時期である昭和二三年七月二日には未だ判示の如く当該農地の買収の時期と昭和二十年十一月二十三日現在とにおいて当該農地につき耕作の業務を営む小作農が異なる場合云々」と云う施行令第十七条第一項第一号の改正規定はなくて単に「自創法第三条第一項………の規定により買収した農地…については、買収の時期………において当該農地に就き耕作の業務を営む小作農」と云う規定があつたにしか過ぎない。従つて原判決は自創法第三条第一項の規定により買収した農地の売渡の相手方を定めるについてその買収の時期の法令を適用せずしてその後に制定せられた法規を適用し判断したのはその買収の時期に法令により保護せられた耕作者の地位と権利について重大なる法令の解釈を誤つた違法があるのである。

第二点 原判決は施行令第十七条第一項による第一順位となる売渡相手方の存する以上同令第十八条は適用がない」旨判示しているが原判決は本件は現在買収であり買収の時期における耕作の業務を営む小作者は訴外北村巧であると做すを妥当とする…が同人は売渡の申込みをしていない」旨判示している。此のように法廷の第一順位の売渡相手方があるにも不拘その小作農が買受の申込みをしないときには同令第十八条の規定によりこれを定めるべきは当然である。然るに本件において買収の時期において権原に基き耕作しうる右北村は現に耕作の業務に供せずその現実の耕作の業務を営んでいた小作農であるが農地調整法上の許可又は承認を受けていなかつた訴外大坪とその時期において耕作の業務を営んでいなかつた被控訴人は共に第三順位の売渡の相手方となり得るにしか過ぎないとする上告人の主張に対する原判決の判示は法令の解釈を誤りたる違法がある。

第三点 原判決は「訴外北村は………被控訴人をして本件農地賃貸借の解約を無理矢理に承認させるに至つた………(ロ)それ等事情を勘案すると本件農地はむしろ遡及買収をするのが正当……と考えられるが………云々」と認定判示しているが被控訴人の本件農地返還が合意解約であることは被控訴人の認めて争はない所であり、被控訴人がなしたる遡及買収請求が上告人町委員会において「否」と決定せられたことは亦争いない所であつて右決定が既に行政処分として確定して被控訴人はこれを何ら争はないのに不拘原判決がその確定した処分の内容の当否を推論し以つて他の現在買収処分即ち本件の判断資料としようとするのは裁判所の権限を超えた事項であつて違法である合意解約がいやいやながらであつても結局自由なる意思決定によつてなされたなら不適法でないことは御庁判例(昭和二四年(オ)第三二四号事件判決)の示す通りであつて被上告人と訴外北村との本件農地についての合意解約の適法正当であることもこれと軌を一にするものであつて原判決は此の点についても事実誤認と理由不備がある。

第四点 原判決は「仮りに………同令第十八条第二号に則り売渡の相手方を定めなければならないものとする………該裁量が社会観念上妥当とする限界を越えてなされた場合には違法視される……」としている。この見解は正当であるが、これに引続き判示した本件被上告人と訴外大坪の農業に精進するものの限界についての認定は正に吾国農業の実体とその政策について甚だしく妥当を欠き事実の認定を誤り右同令第十八条第二号の規定について「社会観念上妥当とする限界を越えたもの」として上告人委員会の自由裁量を排斥した違法がある。

即ち原判決認定の被控訴人と訴外大坪の耕作面積、労働力、その他においては未だ社会観念上甚だしき差異があると云うことは吾国農業の実体よりして断定し得ないのであつて原判決は顕著なる事実誤認がある。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例